『裁判官の正体——最高裁の圧力、人事、報酬、言えない本音』
井上薫 2025年3月 中公新書ラクレ
私を含めて、裁判官の仕事ぶりや日常生活を知る人は少なかろう。多くの人にとって、裁判官とはそもそも庶民の日常からはかけ離れた別世界の人達と思えなくもない。
厳しい司法試験の競争を勝ち抜き、その中でも優秀な人材が選ばれたという意味で、エリートコースを歩んだ人達とは言えるではあろうが、裁判官とて普通の生身の人間である。
しかし幾ら優秀な成績を収めたといっても、神様ではない人間が争い事や刑事犯を裁くことは、本人にとって大変な重圧だろう。この本で初めて知ったが、民事事件であれば毎月20〜30件の事件がやって来るというのだから、これまた大変忙しい。
裁判官の報酬は、司法試験という厳しい選抜をくぐり抜けた割には高くない。正直に言って安い。初任給は23万7700円それに調整手当8万7800円をつけた32万5500円である(この調整手当、そもそもの初任給が安すぎるので加算する弥縫策だそうだ)。新聞でよく見る企業の初任給と比べて、それほど変わらない。優秀な成績で司法試験を通った人ならば、法律事務所で弁護士をやった方が経済的にはもっと恵まれるだろう。
裁判官も裁判所という組織の中ではサラリーマンと捉えることが出来る。一般企業と同じで、人事評価と出世は気になるだろう。組織と報酬に不満があるからといって、それをあからさまに口にすることは憚られる。そんな理由で、裁判官人事権者の頂点に立つ最高裁判所に逆らうことはまずあり得ない。
ドラマの中に出て来る姿とは違った人間くさいそんな裁判官の姿を知れば、裁判に対する夫々の思いも異なってくる。袴田事件を例にあげるまでもなく、冤罪は起こりえる。
裁判官という何やら知らない世界を垣間見た思いである。