『ブラック郵便局』 宮崎拓朗 2025年2月 新潮社
小泉改革の中で郵政民営化が行われたものの、民主党連合へ政権交代したことで民営化方針は抜本的な見直しが行われた。小泉改革に反対し自民党を離れ連合政権に加わった郵政族(国民新党)の思惑どおり、郵政民営化は実質的な再国有化路線へと方向転換した。
ちなみにこの郵政族の政治的支持基盤が全国郵便局長会(全特)である。この全特とは、(旧)特定郵便局制度の下で、本来個人であったものが郵便局長となり、世襲で経営が引き継がれてきた小規模郵便局(郵便局総数の八割を超える)の局長が構成する組織である。
全特はその政治力を背景に世襲制度に基づく小規模郵便局を維持した。つまり既得権益の維持である。全国に散らばる小規模郵便局の合理化と統廃合は頓挫し、郵便事業は赤字を垂れ流したまま維持されるに至った。
このような現実にそぐわない事業運営の中で、現場では様々な歪みが出た。高齢者に対する生命保険の押し込み販売(押し込みと言うよりも顧客を騙す詐欺まがいの営業)、大量の年賀はがきを自腹で購入する「自爆営業」、営業ノルマを当たり前のように部下に押し付ける上司達のパワハラ、それを苦にした職員の自殺まで起きた。問題の発覚後も、現場では、顧客の個人情報の不正流用、そして配達員へのアルコールチェックを怠る点呼作業の不備といった不祥事が続いた。
今の郵政には民営の前提である企業ガバナンスが存在しない。会社であるはずの日本郵便は政治力を持つ全特が人事に介入しても、それに抗することはない。全特の意向を受けた自民党の郵政議員が事業経営に介入するという構造的な問題は長きにわたって指摘されてきたとおりである。
郵政族の政治的利権を守るためのコストは結局国民が負担することになる。その最たるものが、この6月に自民、公明、国民民主の三党が提出した郵政民営化法などの改正案であった(法案は会期切れで不成立)。その柱は国が郵便局のネットワークを維持するために年650億円ほどを充てることと、日本郵政が保有するゆうちょ銀、かんぽ生命株のうち3分の1超を当分の間、保有することを義務付けるものであった(日本郵政株の配当金や、使われていない旧郵便貯金を維持費に充てることが狙い)。
郵政をめぐる全てのスキャンダルの元凶は、民主党政権への交代以降、全特の政治的影響力が回復し、民営化が頓挫したことに尽きる。今、郵政が抱える宿痾とも呼べる暗部をえぐり出したのがこの本である。